会計基準対応
上場企業には、適切な会計基準に基づいた財務諸表の作成が求められます。IPO準備においては、会計方針の見直し・整備、収益認識基準などの新基準への対応、連結会計体制の構築など、幅広い会計上の論点に対応する必要があります。
IPO準備における会計基準の重要性
IPOを目指す企業は、上場企業としてふさわしい会計処理を行い、投資家に対して信頼性の高い財務情報を提供する責任があります。非上場時代に採用していた会計処理が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に適合しているとは限らず、IPO準備の過程で会計方針の見直しや変更が必要となることが少なくありません。
日本において上場企業が採用できる会計基準は、主に「日本基準(J-GAAP)」「国際財務報告基準(IFRS)」「修正国際基準(JMIS)」「米国基準(US-GAAP)」の4つです。多くのIPO準備企業は日本基準を採用しますが、グローバル展開を志向する企業ではIFRS適用を検討するケースも増えています。
会計方針の変更はN-2期までに
会計方針の変更は、遡及適用が求められるため、IPO準備の早い段階で対応する必要があります。申請期(N-1期)に会計方針を変更すると、過年度の財務諸表の修正再作成が必要となり、上場審査のスケジュールに大きな影響を与えます。原則として、N-2期(直前々期)の期首までに会計方針を確定させ、監査法人と合意しておくことが望ましいです。
会計方針の整備
主要な会計方針の確認・見直し
IPO準備においてまず取り組むべきは、現行の会計方針を網羅的に確認し、上場企業として適切な処理方法を採用しているかを検証することです。主要な検討項目には以下のものがあります。
- 収益認識:「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)に準拠した処理を行っているか
- 棚卸資産の評価:低価法を適用しているか、評価損の計上基準は適切か
- 固定資産の減価償却:耐用年数、残存価額、償却方法は合理的か
- 減損会計:固定資産の減損損失の認識・測定は適切に行われているか
- 引当金の計上:退職給付引当金、貸倒引当金、賞与引当金等の見積りは合理的か
- 税効果会計:繰延税金資産の回収可能性の判断は適切か
- リース会計:リース取引の分類と会計処理は適切か
- 金融商品:有価証券の分類と評価、デリバティブ取引のヘッジ会計の適用は適切か
会計方針の統一(連結ベース)
子会社を有するIPO準備企業においては、連結グループ内で会計方針を統一することが求められます。連結子会社が異なる会計方針を採用している場合は、原則として親会社の会計方針に統一する必要があります。
特に海外子会社を有する場合は、現地の会計基準と日本基準との差異を把握し、連結決算上の調整処理を適切に行う体制を構築する必要があります。為替換算の方法、のれんの償却処理なども検討事項となります。
収益認識基準への対応
収益認識に関する会計基準の概要
「収益認識に関する会計基準」は、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」を基礎として開発された日本基準であり、2021年4月1日以後開始する事業年度から強制適用されています。本基準は、収益を認識するための5つのステップモデルを定めており、従来の日本基準から大きく変更された分野です。
5ステップモデル
収益認識基準の5ステップモデルは以下の通りです。各ステップにおいて、企業の取引実態に即した適切な判断が求められます。
- ステップ1:契約の識別:顧客との契約を識別する。契約とは、法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる当事者間の合意をいう
- ステップ2:履行義務の識別:契約において、顧客に移転する別個の財またはサービスごとに履行義務を識別する
- ステップ3:取引価格の算定:変動対価、重要な金融要素、現金以外の対価等を考慮して取引価格を算定する
- ステップ4:取引価格の配分:複数の履行義務がある場合、各履行義務の独立販売価格の比率に基づいて取引価格を配分する
- ステップ5:収益の認識:履行義務を充足した時に、または充足するにつれて収益を認識する(一時点vs一定期間)
収益認識基準の適用で影響を受けやすい取引
以下の取引類型は、収益認識基準の適用により従来の会計処理から変更が生じやすい分野です。自社の取引にこれらの要素が含まれていないか、早期に確認することが重要です。 ポイント制度やリベートを伴う取引、本人と代理人の区分(総額表示vs純額表示)、複合取引(ハードウェアと保守サービスのバンドル販売等)、ライセンス取引、返品権付き販売、長期の請負工事やソフトウェア開発、変動対価を含む契約などが該当します。
IFRS対応の検討
IFRS適用のメリットと検討ポイント
IFRS(International Financial Reporting Standards:国際財務報告基準)は、グローバルに広く採用されている会計基準であり、日本では任意適用が認められています。IFRS適用を検討するメリットとしては、海外投資家への説明コストの低減、グローバルでの財務数値の比較可能性の向上、のれんの非償却による利益へのプラスの影響などが挙げられます。
一方で、IFRS適用にはシステム改修、経理部門の人材育成、開示資料の作成負荷の増大など、相当のコストと時間を要します。IPO準備段階でIFRSを初適用する場合は、導入プロジェクトの期間として最低でも2年程度を見込む必要があります。
日本基準とIFRSの主な差異
IFRSの適用を検討する際に把握すべき主要な差異は以下の通りです。
- のれんの取扱い:日本基準は20年以内の均等償却が原則であるのに対し、IFRSは非償却(毎期の減損テストが必要)
- 開発費:日本基準は原則費用処理であるのに対し、IFRSは一定の要件を満たす場合に資産計上が強制
- 有形固定資産の再評価:IFRSは再評価モデルの選択が認められている
- 退職給付会計:数理計算上の差異の処理方法が異なる
- リース会計:IFRS第16号はオペレーティングリースも原則として資産・負債に計上
- その他の包括利益の組替調整:IFRSでは一部項目の組替調整(リサイクリング)が認められていない
IFRS適用企業の増加傾向
日本でIFRSを任意適用する上場企業は年々増加しており、時価総額ベースでは東京証券取引所上場企業の相当な割合を占めています。特に大型のIPOでは海外機関投資家向けの訴求力を高めるためにIFRSを採用するケースが増えています。ただし、中小規模のIPOでは、導入コストと効果のバランスを慎重に検討する必要があります。
税効果会計の実務
税効果会計は、会計上の利益と税務上の所得の差異を適切に調整するための会計処理です。IPO準備においては、繰延税金資産の回収可能性の判断が特に重要な論点となります。
繰延税金資産の回収可能性は、企業の収益力に基づく課税所得の見積りに依存するため、事業計画の合理性と整合的に判断する必要があります。監査法人との間で、回収可能性の判断基準や事業計画の前提条件について十分な協議を行うことが重要です。
「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」に基づき、企業を分類(分類1から分類5)し、その分類に応じて繰延税金資産の計上範囲を判断します。IPO準備企業の場合、直近の業績が赤字であっても、将来の事業計画に基づいて合理的な課税所得が見込まれる場合には、繰延税金資産の計上が認められることがあります。
決算体制の整備
決算早期化への対応
上場企業には、決算日後45日以内の決算短信の開示が求められます。非上場企業と比較して大幅に短い期間での決算作業が必要となるため、決算プロセスの効率化と早期化に取り組む必要があります。
決算早期化のための具体的な施策としては、月次決算の精度向上(月次決算と年次決算の差異を最小化)、決算スケジュールの策定と厳格な管理、子会社からのデータ収集の迅速化、会計システムの整備、経理部門の人員強化などが挙げられます。
月次決算体制の確立
上場企業には正確かつ迅速な月次決算が求められます。IPO準備段階から、毎月の月次決算を翌月10営業日以内に完了させることを目標とし、月次の損益計算書、貸借対照表を経営層に報告する体制を構築します。
月次決算の精度を高めるためには、売上・費用の期間帰属の適正化、引当金の月次見積り、在庫の月次棚卸(または帳簿棚卸の精度向上)などに取り組む必要があります。月次決算の内容は、予算との対比分析を行い、差異の原因を分析することで、経営管理にも活用します。
会計システムの選定
IPO準備にあたっては、上場企業の要求に耐えうる会計システムの導入も検討課題です。連結会計への対応、セグメント情報の管理、開示資料の自動生成、内部統制上のアクセス管理機能などを備えたシステムを選定する必要があります。導入にあたっては、現行のシステムからのデータ移行、過年度データの整備なども考慮に入れて計画を立てます。