市場再編の背景
東京証券取引所の市場区分見直しは、長年にわたって指摘されてきた構造的な課題を解決するために実施されました。2019年に金融審議会の市場構造専門グループが検討を開始し、約3年の準備期間を経て2022年4月に新市場区分への移行が実現しました。
旧市場構造の問題点
市場区分のコンセプトの曖昧さ
旧制度では、市場一部、市場二部、マザーズ、JASDAQの4つの市場が存在していましたが、各市場のコンセプトが不明確でした。特にマザーズとJASDAQグロースは新興企業向けという点で重複しており、JASDAQスタンダードと市場二部も位置づけが類似していました。
市場一部への上場企業数の肥大化
市場一部への上場基準が市場二部やマザーズからの市場変更時に緩和されていたため、市場一部の上場企業数が2,000社を超える状態となっていました。結果として、時価総額が数十億円の企業からグローバル企業まで混在し、市場一部が投資家にとってのスクリーニング機能を十分に果たせていないという課題がありました。
TOPIXの機能低下
TOPIX(東証株価指数)は市場一部の全銘柄で構成されていたため、時価総額の小さい銘柄も含まれ、指数としての投資効率が低下していました。パッシブ運用の拡大に伴い、この問題はますます深刻化していました。
改革の3つの狙い
- 各市場のコンセプトを明確化し、企業と投資家のマッチングを改善
- 上場企業にガバナンス向上へのインセンティブを与える
- TOPIXの構成銘柄を見直し、指数としての機能を向上
市場再編の経緯
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2019年3月 | 金融審議会「市場構造専門グループ」設置 |
| 2019年12月 | 市場構造専門グループ報告書公表 |
| 2020年2月 | 東証が新市場区分の概要を公表 |
| 2020年12月 | 新市場区分の上場基準等の制度要綱公表 |
| 2021年6月 | 上場企業に対する市場選択基準日の到来(各社の適合状況通知) |
| 2021年9月〜12月 | 上場企業による新市場区分の選択申請期間 |
| 2022年1月 | 各社の新市場区分選択結果を公表 |
| 2022年4月4日 | 新市場区分での取引開始 |
旧市場と新市場の対応関係
旧4市場から新3市場への移行において、旧市場と新市場の対応関係は以下のとおりです。ただし、これは機械的な対応ではなく、各企業が自らの判断で新市場を選択しました。
| 旧市場 | 主な移行先 | 備考 |
|---|---|---|
| 市場一部 | プライム市場 | 大半がプライムを選択、一部はスタンダードを選択 |
| 市場二部 | スタンダード市場 | ほぼ全社がスタンダードを選択 |
| マザーズ | グロース市場 | 大半がグロースを選択 |
| JASDAQスタンダード | スタンダード市場 | ほぼ全社がスタンダードを選択 |
| JASDAQグロース | グロース市場 | 大半がグロースを選択 |
経過措置の対象企業
旧市場一部からプライム市場を選択したものの、プライム市場の新上場維持基準を満たしていない企業には「経過措置」が適用されました。これらの企業は「適合計画書」を公表し、計画に基づいて基準適合に向けた取り組みを進めています。経過措置は2025年3月以降、段階的に終了が進行中であり、基準未達のままスタンダード市場へ移行する企業も多数発生しています。
流通株式の定義変更
市場再編に伴い、「流通株式」の定義が厳格化されました。これは多くの上場企業に影響を与えた重要な変更です。
| 項目 | 旧定義 | 新定義 |
|---|---|---|
| 上場株式の10%以上保有 | 非流通株式 | 非流通株式 |
| 役員所有株式 | 非流通株式 | 非流通株式 |
| 自己株式 | 非流通株式 | 非流通株式 |
| 国内銀行・保険会社の保有 | 流通株式(一部) | 純投資目的以外は非流通株式 |
| 事業法人の保有(政策保有) | 流通株式(一部) | 純投資目的以外は非流通株式 |
この定義変更により、従来は流通株式に算入されていた政策保有株式(持合い株式)が非流通株式として扱われるようになりました。結果として、多くの企業の流通株式時価総額が減少し、プライム市場の基準を満たさなくなるケースが発生しました。
TOPIXの見直し(2022〜2028年の3段階移行)
市場再編と連動して、TOPIXの構成銘柄の見直しも開始されました。従来は市場一部の全銘柄がTOPIXに組み入れられていましたが、市場再編後はTOPIXの構成銘柄を段階的に見直す3段階の長期計画が進められています。
第一段階:流通株式時価総額100億円未満の除外(2022〜2025年1月完了)
市場再編直後の経過措置として、旧東証一部に属していた全銘柄が新TOPIXに引き続き組み入れられました。その後、2022年10月から2025年1月末にかけて段階的に流通株式時価総額100億円未満の銘柄のウエイトが低減・除外されました。第一段階完了時点(2025年1月末)でTOPIXは約1,700銘柄、2026年4月時点で約1,650銘柄まで減少しています。
重要な点として、現在のTOPIXは「プライム市場の銘柄」だけで構成されているわけではありません。旧東証一部からスタンダード市場へ自主選択で移行した銘柄(2022年4月時点で338社、2023年4月の特例で追加177社)のうち、流通株式時価総額100億円以上のものは現在もTOPIXに残存しています。
第二段階:スタンダード・グロース銘柄の新規採用開始(2026年10月開始)
2026年10月から定期入替制が導入され、市場区分にかかわらず流動性基準を満たす銘柄が新規採用の対象となります。これにより、これまでTOPIX対象外だったスタンダード市場・グロース市場の銘柄からも新規採用が行われ、初年度は約50銘柄が追加される見込みです。
最終形:2028年7月完了予定(約1,200銘柄)
2028年7月の見直し完了時には、銘柄数を約1,200銘柄に絞り込み、流動性・規模ともに優れた銘柄で構成された投資効率の高い指数となる見込みです。
TOPIX見直しの注意点
「TOPIX=プライム市場の指数」という認識は、2026年6月現在では正確ではありません。第二段階以降、TOPIX構成銘柄に対する市場区分の影響は実質的に薄れていきます。投資家・上場企業ともに、最新のTOPIX見直し動向を踏まえた対応が必要です。
市場再編の影響
企業への影響
- ガバナンス強化への取り組み加速(特にプライム市場企業)
- 政策保有株式の縮減・解消の動きが加速
- 英文開示体制の整備(プライム市場企業)
- 独立社外取締役の増員
- 流通株式比率向上のための株主構成の見直し
投資家への影響
- 市場区分のコンセプトが明確になり、投資判断の基準が整理された
- TOPIXの効率性向上により、パッシブ運用の質が改善
- プライム市場企業のガバナンス向上による投資環境の改善
IPOを目指す企業への影響
- 市場選択の基準が明確化され、自社に適した市場を選びやすくなった
- プライム市場の上場基準が厳格化され、直接上場のハードルが上昇
- ステップアップ制度の活用が現実的な選択肢として定着
市場再編後の動向
市場再編から数年が経過し、経過措置の終了に向けた対応が本格化しています。プライム市場の基準を満たせない企業のスタンダード市場への移行、政策保有株式の解消加速、独立社外取締役の増員など、日本の資本市場全体のガバナンス向上が進んでいます。IPOを目指す企業にとっても、こうした市場環境の変化を踏まえた市場選択が重要です。
市場再編後の追加見直し
2022年の市場再編は単発の改革ではなく、その後も継続的な制度の見直しが進められています。IPO準備中の経営者・CFOが知っておくべき重要な追加見直しは以下のとおりです。
グロース市場の上場維持基準の厳格化(2025年9月発表)
東証は2025年9月26日にグロース市場の上場維持基準の大幅厳格化を発表しました。従来の「上場10年経過後・時価総額40億円以上」から、「上場5年経過後・時価総額100億円以上」へと、達成期限を半分、時価総額基準を2.5倍に引き上げる内容です(2030年3月以降に開始する事業年度の末日から適用)。
2025年3月末時点でグロース市場上場企業約600社のうち、時価総額100億円以上は約3割にとどまり、残る約7割(約400社)が基準未達のリスクを抱えます。これに伴い、グロースからスタンダードへの市場区分変更時の「直近1年利益1億円以上」要件も2025年12月に廃止され、利益額にかかわらず変更審査の対象となります。
コーポレートガバナンス・コードの段階的強化
市場再編と並行して、プライム市場上場企業向けにコーポレートガバナンス・コードの補充原則が追加・強化されました。独立社外取締役を委員の過半数とする任意の指名・報酬委員会の設置(補充原則4-10①)、TCFDまたは同等の枠組みに基づくサステナビリティ開示、英文開示の充実などが要請されています。
経過措置とその終了(進行中)
市場再編時に新基準を満たさない状態で上位市場を選択した企業に対しては、経過措置が設けられました。経過措置の適用企業は「適合計画書」を開示し、改善に向けた取り組みを公表しています。
東証は2023年に経過措置の取扱いについて方針を公表し、2025年3月以降、段階的な経過措置の終了が既に進行中です。経過措置終了後も基準を満たさない企業は、「監理銘柄(確認中)」への指定を経て、改善期間内に基準適合しなければ上場廃止となります。
経過措置終了後の動向
経過措置の対象企業は、計画書の進捗状況を毎年開示する義務があります。2025年以降、プライム市場の基準を満たせない企業がスタンダード市場へ移行する事例が多数発生しており、日本の資本市場の構造変化が現実のものとなっています。投資家や市場関係者は、これらの企業の動向を引き続き注視しています。